鯛の卯の花巻き
前回の文章から1ヶ月以上間が空いてしまった。
サークル仲間とバカみたいに遊んだこと、旅行のこと、いろいろ書き残しておきたいことはあったけど文章にならなかった。
この2ヶ月は常に終わりの雰囲気が漂っていて、これで最後なんだなって頭の片隅で考えながら過ごしていた。
文章にしてしまったら本当に思い出になってしまいそうで書くのが怖い。
春休みのすべての予定が終わった時に書くつもりでいる。
もう一つ僕が考えているのは、その時は僕がなにを思うのだろうってこと。
サークルの引退ライブの最後の1曲が終わった時、彼女との最後の旅行の帰りの電車で、引越しのために家を出る瞬間に、僕はなにを考えるのだろう。
そんなことを考えては寂しくなって、やめていたはずのタバコに手を伸ばした。
タバコはいつでも僕の昂った感情をあやしてくれる。
今はタバコをやめたくてしょうがないけど、きっともう一度大学生活をやり直すことができたとしても僕はタバコを吸う。
友人の愛とニコチンにまみれて死にたいってセリフは一生忘れられないと思う。
でも、最後のバイトの日のことだけは書き残しておこうと思う。
忘れたくないからね。
先日最後の出勤が終わってバイトを辞めた。
僕はバイトが好きじゃなかった。
バイト先に友達もいないし、仕事もハードだし厳しかった。
でも仕事なんだから楽しくないのは当たり前だと思って4年間続けた。
最後の出勤の日はやっと辞めれるっていうせいせいした気持ちになると思っていた。
でも、少し違った。
最後の出勤の日もやっぱり忙しくて休む間も無く働いた。
やっと仕事がひと段落ついて賄いを食べようと思った時に、料理長が一品作ってくれた。
鯛の卯の花巻きという創作料理。
卯の花というのはおからのことだ。
卯の花は卯月とも言って白い小さな花をたくさん咲かせることから、おからに似ているため、おからのことを卯の花、卯月と呼ぶようになったらしい。
卯月は旧暦で4月のこと。
そこから鯛の卯の花巻きは新しい門出の祝いの料理として振舞われるということを説明してもらった。
ふわふわの鯛とホロホロのおからは優しい味だった。
僕は普段はジャンクフードばかり食べているからこういった和食には関心がないのだけど本当に美味しかった。
盛り付けに使った器も普通のお客様に出すような器ではなく、大切なお客様にだけ使う特別な器を使ってくれた。
料理長がいつも言っていた美味しくて綺麗なものを提供するというこだわりを感じだ。
言葉での祝福や、プレゼントでの祝福なんかよりも嬉しかった。
食べ物で幸せになることは今までもあったけど、心が温まるような幸せは初めてだった。
今まで愛情のスパイスなんて物はこれっぽっちも信用していなかったけれども、料理長の優しさが味に現れているような気がした。
バイトが終わったあと1時間ほど話をした。
今までの感謝を伝えて、僕のこれからのこと、料理長の今までのこと、働くということについてたくさん話した。
ためになる話をたくさん聞いてもう一度感謝を伝えてその日は帰った。
バイトは好きじゃなかったけど、このバイト先を選んで良かったと思う。
料理長が働いている姿を4年間間近で見ることができた。
僕も社会に出てからこうやって働いていくのだなという覚悟ができた。
これから辛い日々が待っていることを再確認したのにもかかわらず僕は幸せな気持ちだった。
あの料理の味を僕は忘れない。
辛いことがあった時、もう何もかも捨ててしまいたくなった時に思い出す、思い出の一つになった。
卯の花が咲く頃またいつかこの店を訪れようと思う。
綺麗な料理をありがとございます。
4年間本当にお世話になりました。