『2001年宇宙の旅』

 

僕は映画が好きだけど映画マニアじゃないからあんまりマニアックなのは見てないし、かといってメジャーな映画も結構見てなかったりする。

じゃあ何観てんねんて言われるとちょっと困っちゃうんだけど。

ジョーズジュラシックパークも見てないし、崖の上のポニョだって見てない。

 

ジョーズジュラシックパークも見たいんだけど、なんとなく後回しにしてしまっている。

有名な映画はきっとどんな気分の時でも観れるからまた今度でいいやって思って、アメリカン・パイとか借りてしまう。

卒業まであと半年をきったのもあって、もしかしたら社会人になったら映画を見る暇がないかもしれないって考えて、後回しにしていた有名な映画を観まくろうと思った。

その第一弾が『2001年宇宙の旅』。

 

2001年宇宙の旅』は60年代後半にアメリカで公開されたSF映画の金字塔的な存在。

監督は『シャイニング』『博士の異常な愛情』で有名なスタンリー・キューブリック

やっぱり僕はどっちも観てないけど。

あらすじ書こうかと思ったけど、この映画をまとめるのは難しすぎるからやめた。

この映画に関しては感想が上手く言葉にできない。

途中で何度か寝そうになるくらい退屈だったけど夢に出てきそうなくらい強烈だった。

内容は単純だけど難解で、難解だけど謎めかしているわけでもない。

面白かったかと言われれば見てる最中はそうでもなかった気がするけど、思い返してみるとやっぱり面白かった気がする。

ざっくりまとめてしまうと間違いなく面白い映画なんだけど退屈なシーンがとても多くて、そこまで難しい内容じゃないんだけど説明が全然ないから難しい気がしてしまうっていうよく分かんない映画。

 

今回は内容の話は置いておいて、一昔前のSF映画っていいなあって思ったことだけ書こうと思う。

タイトルにある通り舞台となっているのは2001年なんだけど、公開されたのが60年代後半だから3、40年後の未来を予想して製作されたことになる。

今は2017年だから映画よりさらに16年の時が経っている。

当時の未来予想図と今の世界の科学技術を見比べるのが楽しかった。

映画では月にも木星にも当たり前のようにフライトしていて、人間と完璧に会話ができる超優秀なハイテクコンピューターが登場する。

今の時代まだまだ宇宙旅行は実用化されていなくて、ハイテクなコンピューターはあれど映画に出てくるような完璧な会話ができるような知能はない。

かと思えば映画にはブラウン管みたいなごっついテレビしかなかったり、電話や諸々のスイッチは全部押しボタン式で今では当たり前になったタッチパネルなんかはなかった。

 そうやって考えると映画の世界と現代の科学技術がマッチしてるのってテレビ電話くらいしかなかった。

 

宇宙進出、人工知能は40年前からの人類の目標で今でもその目標を追い続けている。

いつ実現するかは分からないけどいつか実現したとして、次はいったい人類は何を目標にするのだろう。

不老不死かな。

でも不老不死の研究は宇宙進出より先に完成しそうなきがする。

そう考えると宇宙進出、人工知能の次の目標って案外なさそうだな。

車が空を飛ぶとかは科学技術的には可能で、やるかやらないかの問題だからそういうのは無しにして。

きっと人類の科学技術は40年前から最終段階に入っているんだと思う。

 

だから一昔前のSF映画は面白い。

今では科学技術の最終段階もある程度見えてきて、その次のステージも無いから、突拍子も無い未来予想図は描けないようになってきた。

面白い未来予想図を描こうとすればするほどリアリティがなくなっていくからね。

でも、一昔前のまだまだ未来が手探りだったころの未来予想図はロマンとアイディアの集結で、この映画はどんな世界を見せてくれるのだろうってワクワクする。

 

あ、まだタイムマシンが残ってたね。

まあ実はもう完成しているのかもしれないけど。

 

そんなわけで『2001年宇宙の旅』はSF映画の魅力に気づかせてくれる映画でした。

とても好きです。

次は『さらば青春の光』『ロッキーホラーショー』を借りてきたので今から見ます。

また感想書くかも。 

 

 

 

 

 

 

『彼女がその名を知らない鳥たち』

 

3日前に見てきた。

感想書きます。

今日は他にも書きたいことあるからサラッとだけ。

僕は最近ちょっとだけ演劇に興味を持ち始めていて、といってもまだ2回しか劇場に行ったことないけど。

僕が見に行った演劇の役者さんたちがツイッターでこの映画を絶賛していたので興味を持って見に行った。

 

蒼井優阿部サダヲがダブル主演で「あなたはこれを愛と呼べるか⁉︎」「登場人物全員クズ‼︎」みたいなキャッチコピーで宣伝されていたから面白そうだなーって思った。

僕は結構クズ映画みたいなのが好き。

邦画だと『苦役列車』とか、洋画だと『トレインスポッティング』とか。

クズな方が愛着わくことってあるよね。

 

日曜日ってこともあって劇場はまあまあ埋まっていた。

ほとんど女性だったかな。

この映画は不倫的な要素も結構あるから、やっぱりそういうのは女性にウケるのかなって思った。

映画の出来は結構良かったと思う。

エンディングではあちこちから鼻をすする音が聞こえて、たくさんの人が泣いていた。

蒼井優阿部サダヲはさすがベテランって感じだった。

たぶんこの映画を好きじゃないって言う人は30人に1人くらいなんじゃないかな。

 

まあ、その一人が僕です。

僕は自己犠牲の愛が美しいみたいなの嫌い。

だって結局誰も幸せになれないと思う。

犠牲になる自分は当然幸せになれないし、相手もその罪悪感で幸せになれない。

それに自分を犠牲にできる権利は人間誰しも持っていて、つまり何か犠牲にしなきゃいけない時に自分を選ぶのって一番頭使ってなくて、なんだかユーモアないなあって思うんです。

僕の大嫌いな映画『ダンサーインザダーク』を思い出す。

だからストリー的には全然好きになれなかった。

たしかに登場人物全員クズだったけど愛着わかないタイプのクズだった。

やっぱり僕はキャメロンディアスが出てくるようなおバカでちょっとえっちなコメディーが一番好き。

 

でも蒼井優はやっぱり凄い。

蒼井優の顔面はニュートラルだなーって思う。

顔面ニュートラルって悪口っぽいけどそうじゃなくて、どんな表情でもよく似合うって意味。

怒ってる時の表情も笑っている時の表情もすごく良いなって思う。

 

僕は普段あんまり映画館で映画見ないんだけどやっぱりスクリーンでかいとテンション上がりますね。

家でDVD見てると、これ映画館で見たかったなってのが結構あって、でも1500円は僕にとってはなかなか大金だから難しいところだなぁ。

とりあえず『南瓜とマヨネーズ』は絶対に見に行こう。

僕の大好きな漫画が原作だし、僕の大好きなオダギリジョーがでてるし。

そんな感じでそろそろ終わります。

あんまり好きになれなかった映画ほどたくさん感想出てくる時あるよね。

 

あと竹野内豊って永遠にチャラいなって思いました。

 

魂の積分。もしくは微分。

 

今日バイト中に魂を見た。

ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、まぁとりあえず書いていきます。

 

今日もいつも通りバイト先の厨房には怒声が鳴り響いていて、僕はいつも通り見て見ぬ振りをして、いつも通りことが収まるのを待っていた。

若い社員が先輩社員にずっと怒鳴られていた。

いつもならしばらくすれば落ち着いてきて、決して楽しくはないけど辛くもないみたいな時間になる。

でも今日はそうはならなかった。

 

怒鳴られ続けた若い社員が小さな声で「そんなに怒らないで」って言った後に急に大きな声をあげて泣き出したのだ。

本当に漫画みたいに「うわーん」って泣いていて僕はとても驚いた。

自分より年上の男が仕事中に声をあげて泣いているっていう状況は精神的にかなりキツイものがあって、数時間経った今でも落ち込んでいるんだけど、僕は不思議と少し感動していた。

彼だって立派な成人男性なんだから人前でわんわん泣くなんてことは絶対にしたくないはず。

だからきっと泣こうと思って泣いたわけじゃなくて本当に自分を抑えることができなかったんだと思う。

 

きっと人には処理できる感情の量に限界がある。

そのキャパシティーを超えた時、人は感情を体の外に逃すしかなくて、体の外に出た感情は自分の意思とは無関係に言動として発散される。

だからその言動は感情そのもので、理論性は全く含まれない。

 

今回だったら、怒られたことで苦しさ、悲しさの量が感情のキャパシティーを超えてしまって体の外に溢れ出してしまったんだ。

だから彼の声をあげて泣くっていう行為は溢れ出した苦しさ、悲しさそのもので僕は彼の魂を垣間見たような気がして感動したんだと思う。

 

小さい子供がよく泣くのは感情のキャパシティーが小さいからで、大人になることでキャパシティーは大きくなって行く。

だから、大人が泣かないのは別に大人になれば強くなるわけじゃなくて、キャパの量が増えただけなんじゃないかなって思う。

小さい子供が転んで泣くのは痛いという感情がキャパを超えてしまうから。

でも大人が転んだくらいでは泣かないのは、別に大人になれば痛みを感じなくなるわけじゃないでしょ。

痛いけど大丈夫ってだけ。

 

友人のブログで元町夏央という漫画家の、『熱病加速装置』という短編漫画が紹介されていてた。

その中に「人のさ、ギリギリの瞬間って、素敵だよね」っていうセリフがあるらしい。

人の感情は決して覗くことはできない、僕らは他人に心があるのかさえも確かめることができない。

でも、感情が溢れ出した瞬間だけ僕たちは人の感情を目で見ることができる。

それ以外に人の魂を確かめることってできないんじゃないかな。

だから『熱病加速装置』の台詞みたいに人のギリギリの瞬間は素敵なのだ。

 

『世界の中心で愛を叫ぶ』の一番有名なシーンで、倒れた長澤まさみ森山未來が抱きかかえて、助けてくださいと叫ぶシーンがある。

あれはまさに感情が溢れ出す瞬間を描いたもので、だからこそ日本中が感動してあのシーンに涙を流したのだ。

 

感情が溢れ出すのを見るから感動するんじゃなくて、魂を見ることができるから感動するってこと。

一個前の記事で夢と魔法を信じなくなった人間が感動するには愛か情熱しかないって書いたばっかりだど、魂も追加しときます。

 

そういえば先日ホドロフスキー監督の『リアリティのダンス』という映画を見た。

正直にいうと内容は半分も理解していないと思うけど、人間の魂の一番濃い部分をいろんな角度から見せつけられたような気がしてすごく感動した。

もうすぐホドロフスキーの新作『エンドレスポエトリー』が公開されるから楽しみ。

 

先ほどちょっと調べて見たら僕が書いたようなことを精神医学界では感情失禁というらしい。

 

精神医学界なかなかユーモアあるやん。

 

追伸

よく映画とかで殺人犯が「もっと悲鳴を聞かせてくれ!」っていうのは他人の魂が見たくて見たくてしょうがない感情失禁フェチなのかなって思いました。

 

 

 

ワンス・アポン・ア・タイム

 

前回の記事の続き。

ワンス・アポン・ア・タイムについて書きます。

 

長いからワンスって書くけど、ワンスはたしか僕が大学生になるかならないかくらいの時に始まったから3.4年前のはず。

シンデレラ城の壁面に映像を映し出すプロジェクションマッピングってやつ。

始まった当初から僕はすごく見に行きたいって思っていて、ユウチューブとかでワンスの動画は上がってるんだけどそういうのは見ないようにしてた。

結局ずっと見に行けてなかったんだけど11月の6日にワンスが終了することを彼女に教えてもらって、急いで行かなきゃってなって昨日行ってきた。

 

大雨の中の開催だったんだけど、とても感動した。

プロジェクションマッピングは普段テレビでみる映像とはぜんぜん違って、映像というよりは光そのものっていうか、ちょっと上手い言葉が見つからないけど一瞬の光じゃなくて、キラキラ、サラサラ、ユラユラとかのいろんな表現を1つにまとめたような光。

プロジェクションマッピングってすごく近未来感を感じそうなものなんだけど、その光はなんだか懐かしさを感じるものだった。

フィルムの映写機の映像みたいなイメージかな。

 

美女と野獣のポット夫人が息子のチップに寝る前のお話として不思議の国のアリス、シンデレラなどの名シーンを話して聞かせるってストーリー。

夢、魔法、信じる心、愛がテーマになっていると思う。

初めから終わりまでディズニーランド側のものすごい情熱を感じた。

「夢と魔法ってこういうことだぜ!」「愛の力を信じようぜ!」っていうメッセージをなにがなんでも伝えてやろうという情熱。

シンデレラ城全体が踊り出したり、塔が縦に一回転したり僕の予想の斜め上の演出があってこれこそ夢と魔法って感じがした。

ポット夫人がチップに「信じていれば必ず願いは叶うのよ」って言った後に妖精が「信じている人のところにしか私は現れない」みたいなことを言っていて、なんて素敵なんだろうって思った。

美女と野獣のシーンでは真実の愛みたいなものが描かれていて、忌野清志郎の決め台詞「愛しあってるかい?」を思い出した。

 僕は最近は小説や映画なんかではヒューマンドラマが好きでファンタジー物はほとんど触れなくなってきた。

就職活動が終わって将来のビジョンがなんとなく見え始めた今となっては将来の夢なんかないし、大学の理系的な考えに染まったせいで魔法も信じない。

僕はいつの間にか夢と魔法を信じない人間になった。

でも、情熱を感じる心と愛し合うことだけは忘れてはいけないと思った。

じゃないと僕はこれから何かに感動することはなくなってしまう。

ワンスで表現されていた情熱、夢と魔法、愛などは人間が感動するすべての要素が詰め合わされていたと思う。

夢と魔法を信じなくなった僕にとって、感動できる要素はもう情熱と愛しか残っていないのかもしれない。

最近、僕は分かり合う喜びの重要さを考えるようになったし、それだけで僕は生きていけると本気で思っている。

感動できなくなること、それは感動を分かち合えなくなることだ。

だから僕は絶対に情熱と愛し会うことだけは忘れたくないと思った。

 

相変わらず僕は感想を口にするのが苦手で、見終わった直後は「凄かった」くらいしか言えなかったけど、本当はこんなことを考えました。

 

約10年ぶりのディズニーランドはすごく楽しかった。

 大好きな女の子が楽しそうにしている姿は本当に可愛くて、また絶対にこの子と一緒に来ようと思った。

 

僕はアトラクションの中では最近できたモンスターズインクとかトイストーリーのバズの乗り物より、昔ながらのピーターパンやピノキオの乗り物が好きだった。

そのへんのことも書いたら楽しそうだから、また書くかも。

 

んー、DSのソフトの続きも早く書きたいからやっぱり書かないかも。

 

 

ヨーホーヨーホー

 

ディズニーランドに行って来た。

ちょうど台風が来ていてものすごい大雨だった。

その時はギャーギャー言ってたけと今となればそれが気にならないくらい楽しかった。

 

とくにカリブの海賊とワンス・アポン・ア・タイム が良かったからいろいろ書きたいと思う。

 

日曜日だったけど台風のせいもあって結構空いていて、もう乗るものないくらいたくさんのアトラクションに乗れた。

たしか一番長く並んだので40分くらいだったはず。

カリブの海賊はそんなに人気のアトラクションじゃないから10分くらいで乗れた。

カリブの海賊は20人乗りくらいのボートに乗って海賊が暴れまわっているのをみて回る15分くらいのアトラクションだ。

パイレーツオブカリビアンのバルボッサとかジャック・スパロウも登場したりする。

何がそんなに良かったかというと、一言で言うと「海賊ってめちゃ楽しそう」っていうのがすごく伝わって来たこと。

最初の5分くらいは骸骨ばかり出て来て少し退屈なんだけど、骸骨ゾーンを抜けると外からは想像できないくらい広い空間に出る。

そこでは海賊船が城壁みたいなのに大砲打ちまくってて、船の上にいるバルボッサが城壁にめちゃ野次飛ばしてるみたいなシーンになっている。

城壁の方からも打ち返してて、その間をボートで通るっていう激ヤバな状況が楽しい。

そこを抜けるとあとは港町に上陸した海賊たちが暴れまくってる様子が続くんだけど、そこでの海賊たちの悪さが半端なくて終始圧倒される。

まずノリで拳銃打ちまくる。

基本的に拳銃って何かと戦っている時に打つものだと思うけど、いや絶対打つ必要ないでしょ!って状況で打ちまくってるのが凄い。

街に火をつけて大火事になっている中、みんなで楽しそうにヨーホーヨーホー歌っているのも凄い。

ならず者感が半端なくて、傍若無人ってこういうことを言うんだなーって思ってた。

なにが好きかって海賊たちが常に全員ニコニコして楽しそうにしてるのが好き。

街を襲って、火を放ったり、金品を奪ってオンナを追いかけたりするのって、いわゆる海賊行為というやつで、よく考えたらこれを生業にしているわけだから、海賊たちが一番「海賊やってて良かったー!」って思う場面なんだよね。

その楽しさが倫理観みたいなのを吹き飛ばしてこっちまで楽しくなってしまう。

僕が一番好きなのは終盤の少し狭目の空間で四人の海賊がお酒片手にヘラヘラしながら拳銃を打ち合っている場面。

どうみても敵意があって打ってるわけじゃなくて、ただ楽しいから打ってますみたいな表情がぞくぞくする。

上手く言葉が見つからなくて、「こいつらチャラすぎかよ‼︎」ってよく分からないツッコミをしてしまったのを覚えてる。

 

海賊たちってほとんどが中年くらいで若い海賊ってあんまりいなかったように思える。

別に若気のいたりとかじゃなくて、これが海賊なんだぜって言われているような気がして思わず、この時代に海賊やりたいなーって考えてしまう。

まあ当然エンターテイメントだから本当の海賊はもっと血生臭かったんだろうなって思うけど。

 

そんなわけでカリブの海賊が気に入りすぎて、最後にパークを出る前に彼女にお願いしてもう1回乗った。

カリブの海賊を2回も乗りたがる人なんてほとんどいないと思う。

嫌な顔1つせずに付き合ってくれるとても優しい彼女です。

 

思ったより長くなってしまったので、ワンス・アポン・ア・タイムは次の記事で書こうと思います。

 

海賊ってラム酒を飲みまくるイメージが強いから、バーとかに行ってラム酒頼みまくって海賊ごっこしたいです。

ヨーホーヨーホー

 

 

 

オレたち花のDS組 ①

 

前回の記事でDSについて書いたけど、それがすごく楽しかったので僕が好きだったDSのゲームソフトについていくつか書こうと思う。

あと今更だけど画像が貼れるってことに気づいたからチャレンジしてみる。

 

DSは大体10年前くらいに発売されて、たしか12月の頭だったのを覚えている。
その年のクリスマスプレゼントは友達のほとんどがDSをもらっていた。

例に漏れず僕もDSをお願いして、さらに祖父にもねだったので『さわるメイドインワリオ』と『きみのためなら死ねる』の2本を手に入れた。

さわるメイドインワリオ』は結構有名なソフトだし、僕はそこまでハマらなかったので『きみのためなら死ねる』について書きたいと思う。

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きみのためなら死ねる』はDSの最初期のソフトの1つでたしかセガから発売されたゲームだった。

何より驚いたのがその衝撃的なタイトルだ。

ポケモンやマリオなどの小学生向けのテーマが並ぶなかにこんなタイトルがあって、それは一際目を惹くものだった。

僕の友人に持っている人は一人もいなかったから、当時から僕はなかなかのサブカルボーイだったのかもしれない。

内容としては、街ですれちがった女性に一目惚れした主人公が「ラブラビッツ」を名乗る集団と共に女性の気を引くためパフォーマンスを披露し、時にはハプニングから女性を守るため奮戦するストーリー仕立てのミニゲーム集である。

全部wikipediaのコピーだけど。

ゲームをよくやる人ならわかると思うけど、ゲームってやっているときは常に楽しいわけじゃなくてちゃんと起承転結があって楽しくない瞬間もある。

でも『きみのためなら死ねる』はオープニングからエンディングまで常に楽しかった。

ノリノリの音楽に合わせて彼女の気を惹くために、ビルとビルの間を一輪車で渡ったり、買い物カートで坂道を走ったりとかめちゃくちゃ具合が笑っちゃうくらい楽しい。

僕が好きだったミニゲームは、彼女と砂浜の焚き火の前で踊りまくるやつ。

彼女が最初にお手本を踊って、それを覚えて同じように踊るっていう単純なものなんだけど、少し変わっているところがあってダンスのコマンドの他にファイヤーボタンがある。

それを押すと焚き火が爆発するっていうだいぶクレイジーなものだ。

後半盛り上がってくると彼女がリズムに乗って焚き火を爆発させまくって、それを真似て僕も爆破させまくるみたいなのが最高に楽しい。

 

ちなみに北米では『Feel the Magic: XY/XX』というタイトルでヨーロッパでは『Project Rub』というタイトルで発売されたらしい。

2つとも拍手したくなるくらいタイトルがいい。

 

その次にハマったのが『すばらしきこのせかい』というゲーム。

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これまたタイトルが特徴的だ。

ちなみに英語版は『The World Ends With You』。

このゲームは当時からすごく評価が高くてテレビでもよくCMを見た。

ストーリーとかはあんま覚えてないから省略するけど、ストーリーもたしか面白かった。

それ以上に僕が好きだったのは音楽と舞台。

戦闘中とかに流れる音楽がとにかくかっこいい曲が多かった。

当時のゲームの音楽ってやっぱりまだピコピコしてるのが多くて、音楽が良いみたいなゲームってそんなに多くなかった気がする。

ジャンルは一言で言うとリミックスなのかな。

ヒップホップとかハードロックとかトランスとか謂わゆる今風な音楽がたくさん収録されていた。

なかでも僕が驚いたのがボーカルの入った曲が何曲かあったことだ。

そして舞台となっているのが渋谷というのも良い。

渋谷のスクランブル交差点やハチ公、109を走り回るのは田舎ぐらしの僕にとって、「東京ってこんなに騒々しいのかー」って思わされて新鮮だった。

東京独特のなぜか少しみんな急いでる感じも再現されていて、人々が早足で人混みを歩くなか、さらに早足でその間を駆け抜ける感じは楽しかった。

 

タイトルの由来がルイ・アームストロングの曲、『What a Wonderful World』から引用されているってエピソードも好き。

『What a Wonderful World』は映画『グドモーニング,ベトナム』で使われているし、とても有名な曲だから聞いたことある人も多いと思う。

I hear baby's crying and I watched them grow
赤ん坊たちが元気に泣いている 彼らが成長するのを見守るんだ

They'll learn much more than I'll ever know
彼らは 私よりもずっと多くのことを学ぶだろう

And I think to myself
そして 心の中で思うんだよ

What a wonderful world.
なんて素晴らしい世界なんだろうって

永遠の名曲だと思う。大好き。

YouTube とかでこの曲を聞こうとすると、映画の映像と一緒に聞ける。

ベトナムの美し自然と戦車や機関銃が混在する風景や戦車に手をついて笑い合う兵士たちがすごく曲とマッチしていて涙が出そうになる。

ぜひ一度チェックしてほしい。

 

なんともう2000字も書いてしまったらしい。

あと2つほど書きたいソフトがあるので一旦終わろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほほえみ天使

 

愛知県の西尾市に「ほほえみ天使」という名前のラブホテルがあるそうだ。

そのホテルについて後輩と地元の友人の2人から話を聞いたことがあるのでわりかし有名なホテルなのかもしれない。

 

僕は行ったことないんだけど、「ほほえみ天使」にものすごく憧れがある。

西尾ということもあって全室オーシャンビューで、なかにはテラス付きの部屋もあるらしい。

さらに「ほほえみ天使」という名前である。

「天使のほほえみ」ではなくて「ほほえみ天使」なところがチープで良い。

 

もう10年近く昔の話だけどニンテンドーDSが全盛期だった頃に「ウィッシュルーム〜天使の記憶〜」というゲームが発売された。

ホテルを舞台とした謎解きアドベンチャーで当時は、「触れる推理小説」みたいなキャッチコピーでテレビでも結構CMが流れていたのを覚えている。

僕は何年か経ってからこのゲームをプレイしたんだけど、舞台となっているホテルがすごく好きだった。

綺麗な高級ホテルではなくて、たしか3階建くらいの古臭くて安っぽい感じのホテルだった。

主人公が宿泊する部屋には「願いが叶う部屋」っていう噂があったようなないような。

 

もう随分昔の記憶だからゲームのストーリーみたいなのは全部忘れてしまったけど、とにかくホテルの寂れ具合が最高だったってことはよく覚えている。

僕はきっと「ほほえみ天使」は「ウィッシュルーム」の舞台みたいなホテルみたいなんだろうなって勝手に想像してる。

特に廃れ具合とかチープさとか。

サブタイトルに天使って単語が入っているってだけの理由でイメージをつなげちゃってるだけなんだけどね。

 

さっきも書いたけど全室オーシャンビューらしい。

ラブホテルといえば夜更かしみたいなところがあるから、きっとその夜更かしのついで的なノリで海から朝日が昇るのを見るために寝ずに起きているカップルがたくさんいるんじゃないかな。

やること終えたカップルが日の出までの数時間どんなふうに過ごすかを考えるのもちょっと楽しい。

きっと二人とも眠いからテンションはかなり低くて、でも好きな人と朝まで過ごすことに少なからずワクワクしていてる。

途切れそうで途切れないなんでもない会話がダラダラ続く感じとかがいいな。

あんまり甘いピロートークとかじゃなくて子供の頃の話とか、好きな映画の話とかそんなのがいい。

テレビで深夜のしょぼい通販番組を見て商品の悪口を言い合って静かに笑い会うのもいいな。

 

そして日が昇ってきたら、二人で窓から日の出を見る。

朝日に照らされて眩しそうに目を細める彼女の横顔をみて「ほほえみ天使とは君のことだったのか」ってバカみたいなことを考えていたら文句なしの百点。

 

そんな感じで泊まったカップルが人に言うほどでもないけど忘れたくないようなエピソードを胸にチェックアウトしそうな感じがして「ほほえみ天使」にすごく憧れている。

全部妄想だけど。

いつか行ってみたい気もするけど、たぶん普通のボロいホテルだと思うから妄想だけに留めとくのがいいのかな。

 

そういえば書いていてDSの「ザ・シムズ2 はちゃめちゃホテルライフ」という僕の大好きなクソゲーを思い出した。

このゲームに出てくるホテルは違う意味でチープですごく良かった。

すごく豪華なハリボテみたいな感じ。

ホテルを経営しながら、砂漠をさまよったり、宇宙人に水鉄砲を食らわせたり、かと思ったらひたすら掃除機をかけ続ける最高なゲームだった。

 

ネットの評判は最悪だったけど。