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書きたいこと

 

最近ブログを書いたり消したり、投稿したり削除したりを繰り返している。

僕は多くの人に見てもらいたいからブログを始めたわけじゃなくてただ自分の現在の頭の中を書いて客観的に読めるようにしたいから始めた。

 

だったらネットに公開せずに家でノートにでも書いてれば良いかなって思うこともあるけど、やっぱりそれだとあんまり客観的に読み返すことができないような気がするし、ネットに公開するのが実は楽しいってのもある。

 

公開する以上は僕以外の人が読むわけで、他人が読むんだからクオリティの高い文章を書かなきゃって思うと変に格好つけちゃったり、思ってもないことを書いちゃったりして、本当に書きたいことを書けなかったりする。

だから書いたり消したり、投稿したり削除したりを繰り返してしまう。

 

僕の頭の中には文章が並んでいるわけじゃなくて、なんとなくぼんやり考えてることとか好きな単語があって、ちゃんとオチがあったり理論的なことなんて殆どない。

 

頭の中をただ書くだけなら、それはきっと意味不明な文章だったり、単語の羅列になっちゃったりすると思う。

本当はそういうものが書きたかったはずなのに、誰かが読んでくれたら嬉しいし、お気に入りしてくれる人がごく僅かいるのもすごく嬉しかったりする。

 

といった具合に最近は独りよがりな文章を書いたり、かと思ったら変に力の入った文章を書いたりしてしまっている。

誰に向けたわけでもない文章を書くのって実は難しいんだなって思った。

当たり前だけど一口に文章と言ってもいろいろあるんだな。

 

オチはないけどこの文章はフラットにかけたような気がするから公開します。

 

 

就活 2ヶ月

 

就活を始めてから2ヶ月が過ぎた。

僕の先輩に就活の話を聞くと楽しかったと答える人がいる。

またその辛さを具体的なアドバイスとともに語ってくれる人もいる。

その一方で固く口を閉ざしてなにも語ってくれない人もいる。

 

去年の10月ごろバイト先の先輩がやっと内定が出たと言って泣いて喜んでいたのを見た。

その一方で早くから推薦で内定をもらってバイトと遊びに精を出している先輩がいた。

また卒業するまで就活をせずにゼミの先生がコネで用意した職場に就職した先輩がいた。

 

正しい就職活動とはなんなのだろう。

就職活動を頑張るとはなんなのだろう。

 

10月まで就活をした先輩と推薦で早くから内定をもらった先輩のどっちが正しいかなんて僕には分からない。

 

就活を楽しかったと答えた先輩は単純に就活が得意だったのだろう。

実際に多くの内定をもらっていた。

多くの内定をもらうことが就活を頑張るということなのか。

 

もしくは第一希望の職場に内定をもらうために努力することが就活を頑張るということなのか。

しかしどう努力したって入れない企業がある。

僕の大学はあまり偏差値はいい方ではないから、周りの人たちはあの企業は学歴的に無理だといった話をする。

それは僕らの勝手な諦めではなくて、実際に過去のデータと照らし合わせた客観的な諦めである。

最初から入ることが出来ないと分かっている職場が第一希望なのだとしたら、それに向かって努力するのは就活を頑張ると言えるのだろうか。

 

最近は就活の正しさとは最高のタイミングで就活を終わらせることなのかなってぼんやり考えたりする。

 

就活を続けるには体力と根気がいる。

なぜなら就活が終わるまでは否定をされ続けるからだ。

それは確かな精神的な苦痛であり、その苦痛に耐えることが出来ず自殺してしまう人だっている。

 そんな辛いことはさっさと終わらせてしまうに越したことはない。

内定なんて選ばなければすぐ貰える。

だから自分の体力と将来設計と相談してここだという時に幕を引くことが出来ればそれは正しい就活だと思う。

 

とはいってもそれこそが一番就活の難しいところだというのは分かっている。

就活をするたった1年間頑張れなかったために今後働いていく40年に後悔なんかしたくないと考える人が大半だろう。

 

実際に僕は1つ内定を頂いているが、だらだらと就活を続けている。

同じ大学の人が入れるはずないと諦めている企業のエントリーシートを夜な夜な書いている。

会社説明会を予約したり、キャンセルしたりを繰り返して2ヶ月がたった。

 

就職活動は6月からが本番というけどじゃあ今までの2ヶ月は何だったのだろう。

これからの約3ヶ月はどうなってしまうのだろう。

ここまで書いて僕は就活への意思が固まったなんてことはまるっきりなくて、ただただ言い知れない不安の輪郭に触れてみただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜ってすごく怖くてすごく楽しい

 

夜遊びってのは魅力の塊だと思う。

やっぱり悪いことをしてるようなスリルと背徳感がその要因なんだと思う。

ライブハウスだってクラブだってルールにのっとって遊んでいるだけなのにハラハラする。

僕は10代で夜遊び覚えたての頃はそのスリルを楽しめていたけど今は少し怖い。

バンドマン達のならず者感やパリピ達の怖いもの知らず感に押しつぶされそうになる。

 

やっぱり夜って人の悪意みたいなものが表面化すると思う。

薬物犯罪、違法ギャンブル、売春などの犯罪はほとんどが夜中に起こるというデータがあるらしい。

当然もっと恐ろしい犯罪だってそうだろう。

お酒の力って面もあるのかもしれないけど、それ以上に人間の本質的な部分だと思う。

小さい頃から夜中に出歩くなって教えられてきたけど、それは自分を守るための方法で、早寝早起きこそ最高の自衛だ。

怖い思いをしたくなければ夜は家にいるのがいい。

こいつは何をそんなに怖がっているのかと思うかもしれないけど、じっさい僕は夜中の渋谷で怖い目にあっている。
夜中の錦で恐ろしい現場を目撃している。

 

でもそうはいってもどうしても夜にしか吸えない空気があるのだ。

暗闇の中で光り輝くミラーボールとレーザービーム、昼間とは進み方の違う時計の針、スピーカーから流れる大音量の8ビート、ダンスフロアで燃え上がる2人。

そのどれもが昼間に恋人と陽だまりを散歩していては味わうことができない煌めきだ。

 

クラブナイトへおいでよ ジントニックで踊ろうよ
それだけでいいよ 君の好きなレコードをかけるよ

andymoriのクラブナイトという曲の歌詞だ。

僕はライブハウスやクラブでは必ずジントニックを飲む。

ジントニックを飲みながらビートに合わせて踊っているときの多幸感や全能感は最高だ。

タバコの煙さえもイルミネーションの一部となり、フロアの騒々しい話し声もBGMの一部だ。

それもやっぱり夜だからこそ。

 

まあ結局何が言いたいかっていうとタイトルにもある通り夜ってすごく怖いけど、すごく楽しいよねってこと。

でも最近は怖さの方が勝ってきてあまり夜遊びはしなくなった。

夜に出歩くリスクとその先にある楽しさを天秤にかけると僕は家で本でも読んでいた方がいい。

つまらない人間になったと思われるかもしれないけど怖いもんは怖いよ。

 

僕は中学の頃はいわゆるスクールカーストの上の方にいて、いわゆるイケてるグループだった。

教室の隅で本を読んでるクラスメイトを見て、彼らより自分は楽しんでいるんだという自己肯定をしていた。

でもそれは僕の未熟さそのものだったんだと気づく。

 

自己肯定ぐらい自分一人でするべきだ。

 

人と自分を比べて安心感を得るのは自己肯定ではなく、ただの自己満足だ。

大学にもスクールカーストというものがあるならその上位はクラブやライブハウスで楽しんでいる人達じゃないかな。

さっきは大人ぶって夜の魅力について書いたけど、正直にいうと10代の頃は彼らに憧れてたっていう部分がでかい。

自分が誰よりも楽しんでいるんだという雰囲気に憧れたのだ。

 

でも僕はすみっこで本を読んでる今の自分が好きだし、今が楽しい。

 

そうやって僕は怖いものから逃げまくって楽しく生きていこうと思う。

そんな自分を自己肯定しようと思う。

夜の煌めきにどうしても身を置きたいと思う時もあるかもしれないけど、、、その時はまあ適当にやるさ。

 

なんだかごちゃごちゃしてよく分からない文章になってきたので、これ以上書くのはやめておこう。

またいつか頭をスッキリさせてから改めて書こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀河鉄道の夜

 

今日は1日家に閉じこもってベッドで銀河鉄道の夜を聞き比べていた。

 

峯田和伸が中心のGOING STEADYというバンドが2001年に『さくらの唄』というアルバムで発表したのが最初の「銀河鉄道の夜」だ。

GOING STEADY解散し峯田は銀杏BOYZというバンドを結成し2005年に『DOOR』で再び「銀河鉄道の夜」を歌う。

そして峯田以外のメンバーは全員抜け2014年に1人で『光の中に立っていてね』を発表。

そのなかに「新訳 銀河鉄道の夜」がある。

 

僕は今までGOING STEADY銀河鉄道の夜こそが本物だと思ってた。

とくに新訳 銀河鉄道の夜は蛇足に近いとすら思っていた。

 

今日真剣に全部を聞き比べてみて新訳の良さに気がついたのでそのイメージについて書こうと思う。

 

新訳は良さは何と言ってもドラマチックさだ。

聞こえてくる音の1つ1つが頭の中で楽譜ではなく映像として広がる。

一発めのコーラスの効いたギターのアーミングがその世界へと引き込む。

 

点、夜の口がまた閉じていく、汽笛の湯気に
猫、歌う讃美歌、あわれむな、僕はここ
東南東わずかに東に骸骨島が沈みます

 

重々しく峯田が歌い出す。 

今までの銀河鉄道の夜とは歌詞が違う。

歌詞に何処と無く素朴な匂いが漂う。

まるで宮沢賢治の詩のようだ。

 

ハロー、今、君にすばらしい世界がみえますか

そしてこの曲の中で最大のメッセージがここにくる。

この歌詞はやっぱりGOING STEADYの頃から変わらないなあ。

南風は椰子を揺らし、シリウスは瞬いて
あなたは僕のはじまりで、あなたは僕の終わり

 

そして汽笛を打ち鳴らすかのようなギターで列車が登場する。

ドラムのハイハットに合わせて車輪は回り出す。

ベースの低音は通り過ぎる風景がぐんぐんと遠ざかって行くイメージだ。

 

街灯はぼんやりと点いたり消えたりした
靴音はこつこつと響いたり止まったりさ
シベリア鉄道乗り換え、中野駅で降ります
ハロー、今、君にすばらしい世界がみえますか

バックでなっている2本のギターの掛け合いが素晴らしい。

イヤホンで聞いてもこのギターは少し遠くで鳴っているように聞こえて、この曲の空間的な広がりを感じさせる。

恋人たちは夢のなか、静かに歌うのでした
あなたは僕のはじまりで、あなたは僕の終わり

銀河鉄道の夜
僕はもう空の向こうに
飛びたってしまいたい
あなたをおもいながら

サビで列車は地上を離れ天を目指す。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は地上を走る列車なんだけど、そんなことは関係ない。

列車の頭のライトが雲の切れ間から空を照らす。

それに答えるように星が強く輝く。

 

そしてサビが終わるとカノンが始まる。

ここで全てのイメージはスローモーションになる。

なり続ける鈴。

これでもかと弾かれるクラッシュ。

上がったり下がったりを続けるベース。

バックでなる煌びやかなストリングス。

ハムバッカーの力強いギター。

峯田が問いかけるように読み上げる詩。

 

その全てが重なり合って素晴らしい景色を作り上げる。

列車は雲を抜け空と宇宙の境界線を走る。

銀河鉄道の夜

それはまるで彫刻のような夜だ。

教会の大きなステンドグラスが夜空に浮かぶような美しい夜。

この曲の中で「星」という言葉は一度も使われていないのに僕は何十個もの星を見た気がする。

 

ハロー、今、君にすばらしい世界がみえますか

銀河鉄道の夜
僕はもう空の向こうに
飛びたってしまいたい
あなたをおもいながら

そして再び列車は加速する。

美しい夜空に浮かぶ武骨な列車は振り返ることを知らず突き進む。

本当に宇宙の果てまで行ってしまいそうなほど。

 

最後のサビが終わると峯田が鳴き声のような叫び声をあげる。

不安、苦しみ、悲しみを背負った声

そして気づかされる。

鉄道は止まらないのではなく、止まることができないのである。

 

ここが他の銀河鉄道の夜との最大の違いだと思う。

GOINGSTEADYの銀河鉄道の夜は誰にも止められぬほどのスピードで走り続けた。

銀杏BOYZ銀河鉄道の夜は確かにレールを噛みしめるように進み続けた。

 

新訳 銀河鉄道の夜はいつしか止まれなくなってしまった鉄道だったのだ。

 

音楽っていうのは同じ人が聞いても、その時々で感じ方が違う。

適当に聞き流していた曲が涙が出るほど染み渡ったり。

気が狂うほど聞いた曲がただのBGMになったりする。

 

4月30日の午前2:30の僕にとって新訳 銀河鉄道の夜はこんな曲だ。

そして今現在の僕が世界で一番好きな曲だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三代目魚武濱田成夫という詩人

 

はてなブログのアプリにはアクセス解析っていう機能があって、それを見るとごく僅かだけど読んでくれた人がいるらしい。

読んで欲しくて始めたわけじゃないけどなんか嬉しい。

 

ところで今日は詩人の紹介をしてみようと思う。

読んでほしいわけじゃないのに紹介ってのもへんな感じするけど。

 

三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお)という詩人だ。

紹介といっても詩集を二冊持っている程度で彼について全然詳しくないのでWikipediaを引用しまくる。

Wikipedia より

三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお、男性、1963年11月12日 - )は、兵庫県西宮市出身の詩人、芸術家、ミュージシャン。

自分を讃える詩しか詠わないことをコンセプトにした詩人であり、全ての作品は自分の為に製作している。

いきなり目を疑うようなことが書いてある。

RADWINPSの野田洋次郎は彼女のことが好きすぎて、彼女へ向けた曲だけでアルバムを作ったという話を聞いたことがあるが、こいつは野田洋次郎ヤバさをぶっちぎってる。

 

まず詩集のタイトルがイカれている。

『君が前の彼氏としたキスの回数なんて俺が3日でぬいてやるぜ』

『1分後の未来よもうすぐ俺が行くで道あけとけ』

『俺には地球が止まってみえるぜ』

 

これ全部詩集のタイトルよ。

 

ちなみに僕が持っている詩集は

『おまえがこの世に5人いたとしても5人ともこの俺様の女にしてみせる』

『生きて百年ぐらいならうぬぼれつづけて生きたるぜ』の2つ。

 

どうなってんだよこいつ。

自分好きすぎるでしょ。

自分を讃える詩ってなんだよって思ったけど言葉通りの意味すぎて驚く。

 

このタイトルを「きめぇ‼︎」って思う人が大半だと思う。ごく一部の稀な人間が「ワロタww」って詩集を手に取る。

勘違いしてはいけないがファーストコンタクトで「かっこいい‼︎」って思う人間は世界のどこにもいない。

 

とにかく紹介したい詩が大量にあるがその一部を載せる。

24金より32俺

「18金より 24金 24金より 32俺」

めんどくさいから

「めんどくさいから いきなり茶店で 最初から俺は アイスコーヒー4杯注文した 「俺アイスコーヒー4杯。」」

20時間ほど

「さあ 20時間ほど仮眠するわ」

みつめてくれ

「おい、そこの女 場合によってはキスや 今から それを決めるから 俺を みつめてくれ」

負けずギライの奴へ

「俺様は 負けずギライの奴に ボロガチすんのが 大好き」

本日も

「本日も俺がみなぎりやがるぜ。」

 

正直にいうと詩のチョイスに悪意はあるものの基本的にこんなテンションで一貫されている。

タイトルに恥じない内容だ。

いい意味であまり他人に感情移入しないタイプの人は楽しめると思う。

 

『おまえがこの世に5人〜』の方の詩集の後半にものすごい迫力の詩が並んでいるのでそれを紹介して終わろうと思う。

 

3俺

「                           俺俺俺」

5俺

「                     俺俺俺俺俺」

11俺

「             俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺」

 

ページをめくるたびに18俺、21俺、35俺と、俺という文字の数が増えていき最終的には1261俺という詩になる。

1261個の俺という文字を前にしたときどんな気持ちになるか、それはこの詩集に向き合った人間にしか分からないだろう。

 

三代目魚武濱田成夫

すげえよ。

 

 

 

CITY LIGHTS

昨日の文章を読み直してみたがすげえ恥ずかしかった。
僕は自分が書いている文章に感情移入してセンチメンタルが加速してしまうということが分かった。
なかなかフラットな文章を書くのは難しいんだなあ。

昨日の文章は本当は女の子が東京に彼氏がいるってところから、僕の東京に対するイメージと憧れに繋げようと思ってたんだけど、そんなことはすっかり忘れて熱の入った文章を書いてしまった。

東京ってやっぱり特別だよねっていう普通のことを書きたかっただけなんだ。
僕は東京にたいした思い出はないけど思い入れはある。
それはやっぱりいろんな作品が東京をテーマにしているからだと思う。

毛皮のマリーズ弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」という曲がある。
くるりに「東京」という曲がある。
銀杏BOYZに「東京」という曲がある。
僕が大好きな曲だ。

マリーズは東京を「愛しきかたちないもの」と表現し、くるりは「君のいない場所」と表現し、銀杏BOYZは「2人を通り過ぎたなんでもない毎日」と表現した。

僕は大学2年の夏休みに東京に行った。
東京は本当に怖かった。実際に怖い思いもした。
僕が夜の渋谷に1人で行くことは二度とないだろう。
渋谷には人の悪意というものが集まっていた。

最果タヒの「君はかわいい」という詩の一部を引用する。

みんな知らないと思うけれど、なんかある程度高いビルには、屋上に常時ついている赤いランプがあるのね。それは、すべてのひとが残業を終えた時間になっても灯り続けていて、たくさんのビルがどこまでも立ち並ぶ東京でだけは、すごい深い時間、赤い光ばかりがぽつぽつと広がる地平線が見られるの。

東京で見る景色は本当に自分の目で見たものが素直に映るんだろうなって思う。
ちょっと表現が難しいけど、たとえば景色を見るときに自分が中心にいるように景色を見ることがある。
でも東京では自分が端っこにいるような気持ちで景色を見ることになる気がする。

東京の夜は悪意が集まっている。
東京ではいつだってすみっこ。

どう考えたって1人では生きていけないよ。

きっと東京で出会った2人は愛し合うしかないんだと思う。
手を取り合って誰もさわれない2人だけの国が出来上がり、そこで恋人たちは寄り添って静かに歌うのだ。

だからこそ東京は美しい。

梅田のアパート、下北沢のライブハウス、小田急線の終電、渋谷のスクランブル交差点、お台場のアミューズメント

どうしてなんでもない単語がこうもキラキラした切なさを帯びているんだろう。

 

就活が終わったら東京に行きたいな。
東京で好きな音楽を聞いてそれに合わせて東京のすみっこで愛し合う恋人たちを想像したい。

 

まぁこんなやばいことを言うのは日本で僕1人くらいなんだと思うけどさ。