思うよりあなたはずっと強いからね

 

京都に住んでいる友人がいる。

彼は高校生の頃僕と同じ部活に所属していて、高校卒業した今でもよく彼を訪ねて遊んでいる。

彼はよく「俺ぜんぜん生命力ないねん」って言っている。

僕はその意味がよく分からなかったから、その言葉についてなんとなくぼんやりと考えていた。

別に生命力について辞書的な意味が知りたいわけじゃなくて、彼にとっての生命力を知りたい。

 

生きていくための力ってことは間違いないんだろうけど、別に心臓が弱いとかそういう生存するための力ではなくて、生を全うしようとする意志というか、明るい未来を信じるためのメンタルっていうか、、、

確かではないけどそういったことのような気がした。

そういうものって生まれつき備わっている人が多くて、普通のことのような気がしていたんだけど最近になってそんなことはないってことに気がついた。

全国自殺意識調査っていう日本財団の調査で日本人の約4人に1人が本気で自殺を考えたことがあるってことが分かった。

僕はそんなに多いのかって驚いたけど、彼はそんなに少ないのかって驚いたらしい。

高校生活をずっと一緒に過ごして大学生になってからも頻繁に遊んで数え切れないくらいたくさんのものを共有してきた僕たちだけど、一番大事なところは全然共有できてなかったみたいだ。

別にそれが良いとか悪いとか、悲しいとか寂しいとかじゃなくて、そんなもんかなって思うだけだけど。

 

この前朝まで映画を観た後にお腹が空いたからコンビニでピザまん買って食べてたらその友人に

「やっぱりお前は生命力あるよ」

って笑いながら言われた。

彼の一言で僕の心臓が強く脈打った気がした。

あ、俺生きてるんだって感じた。

なんとなく彼の言う生命力ってものが分かった気がした。

きっと僕は生まれつき生命力のある人間なんだ。

 

こんなことばっかり書いていると彼がとびっきりセンチメンタルで弱いやつみたいだけどそんなことはない。

今彼の家には栄養に関する本やビタミンなどのサプリメントそして筋トレに関するものがたくさんある。

健全な精神は健全な肉体からやねんって言ってサプリを飲んで筋トレして栄養バランスの良い食事をとる毎日を送っている。

バイト前にはエルレガーデンを聴きながらダンベルをあげて、バイト中に苦しくならないように体をチューニングしてから家を出る。

俺卒業までにあと15キロ増やすのが目標やねんって冗談めかして言っていたっけ。

 

僕はそんな彼の生きのびようとする努力がとても眩しかった。

京都から名古屋に帰るバスで思い出して涙をこぼしそうになった。

僕は普段なんとなく生きづらいな寂しいなと思った時には僕を襲う何かが過ぎ去るのをただじっと待つだけだった。

でも彼は生きるのに疲れることに苦しくなって、疲れないために見たくない自分の弱さと向き合ってあれこれ考えて強く生きようとしていた。

 

大学4年生になるまではいつでも楽しそうに生きている人がかっこよく見えた。

でも今は彼の生き方がとてもかっこいいと思う。

「最近俺こんな風に考えて、こんな風に生きてんねんな」ってなんでもないように言う。

その言葉は僕にとって歴史に名を残すどんな文豪の言葉よりも、なんでも答えを知っている神様の言葉よりも価値があるような気がするんだ。

 

人間誰しも楽しく生きていきたいと願っている。
でもそれが叶わらないならせめて強く生きなければならない。
強く生きていくとは、ガードを固めて人生が食らわす大きな一撃にへこたれないこと。

そう教えてくれたのもやっぱり彼だ。

 

いつかその時がきたら この歌を思い出してくれ
それぞれのゴールそれぞれの迷い 明日に向かって走ったよ

きどることはないだろう なんとなく過ぎた日を
暗い闇の中で夢見る時は この歌を思い出してくれ

いつかその時がきたら この歌を思い出してくれ
夏を切り裂くハイウェイと風 青い海を渡る声
虹色の道 太陽の光
明日に向かって走ったよ

                                             andymori~サンシャイン~