サラリーマンと無限の可能性

 

就職活動が終わった。

休みがあれば給料は低くてもいいなんて言ってた僕だけど、あっさりと休みも多くて給料も多い企業に内定をもらった。

まあ実際に働いたわけではなくてネットの情報を見ただけだから本当かどうかわからないし、入社してから退社するまで一生トイレ掃除だけをやらされる可能性だってあるわけだからなんとも言えない。

それでも企業の名前を言えば周りの人は驚いてくれるし、褒めてくれるから世間から見れば就活は成功したんだと思う。

 

元カノが何度か「君が大学卒業してバンドマンか芸人になるって言い出しても応援する」って言ってくれてた。

その子とは別れて、実際に内定をもらって、とうとう僕はバンドマンになる未来も芸人になる未来もなくなった。

別にバンドマンになりたかったわけではないけど。

 

小学生の時とかによく大人たちが「君達には無限の可能性があります。」って言ってたのを覚えている。

僕の友達はその言葉が大嫌いだって言ってて、

「俺は生まれた時から出来ないことがたくさんあって、出来ないことから逃げ続けてきたから今の自分がいるし、だからこそ今の自分が可愛いし今の自分が好きだ。

俺には野球選手になる未来なんて生まれた時からなかった。

俺のことだもん誰よりわかるよ。」

そんなことを言っていて、僕は流されやすいので確かにその通りだなあって思った。

 

でも実際にあのころ思い描いた未来の自分に今なってみて思うのはやっぱり「僕には無限の可能性があったんだな」ってこと。

当然僕も最初から野球選手になる未来はなかったし、能年玲奈と結婚する未来もなかった。

生まれた瞬間から将来なることのできないものはたくさんあったと思う。

この無限ってのは何にでも思い描いたものになれるって意味じゃなくて、本当に多くの選択肢があってそれをいちいち数えてられないから近似的に無限って表現した。

バンドマン、芸人、ニート、…いろんな可能性があった。

僕は生まれてから22年間で無限の選択肢の中から少しづつ少しづつ選択肢を狭めていって、いざその中から将来を選ぶ時に残ったのはサラリーマン1つだった。

そりゃ今からでもバンドマンになることはできるかもしれないけど、僕という人格が出来上がってしまった以上サラリーマン以外の選択肢はないのだ。

サラリーマンといってもまた無限に近い数の会社があってそのなかから1つの企業を選んだ。

つまりこの企業を選ぶような生き方を自分で選んできたという事で、残り物を仕方なく選んだわけではなくて僕にとっては満足のいく選択なのだ。

 

この文章には論理的整合性なんて少しもないけど、頭の中をただ吐き出すことができて書いてみてよかったと思う。

 

もちろん僕にはまだまだ将来については選択肢がある。
転職するかもしれないし、結婚するかもしれないし、海外で生活することも出来る。

 

私が私である限りこんなにも自由


どこかで聞いたセリフだ。

僕は限られた無限の中で自由にやってるよ。
とりあえず厄介な選択を終えたところだけど人生にはまだまだたくさんの選択肢が残ってるからゆっくりのんびり狭めていって最後は消去法だ。

 

今朝の風はなんだかちょっと
冷たく肌に吹いてくるんだ
ぼんやりした頭がすこししゃんとするんだ
憶えてない夢のせいで心が
何メートルか沈み込むんだ
熱い濃いコーヒーを飲みたいんだ
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
今んとこはまあ そんな感じなんだ

サニーデイ・サービス 『青春狂走曲』